未来予報・1








意識がふっと浮上する。
ぼんやりと目を開けると、ところどころ色が剥げた天井が視界に広がった。

どのくらい寝てたんだろか。

顎を撫でると、じゃり、と固い手触り。
昨夜下船して、ゾロとふたりこのホテルにしけ込んでから、ベッドから一歩も出た記憶がない。
体力バカがはりきりすぎて(いや、おれの人のことは言えねェかもだが…)、寝落ちした頃には外がうっすら白みかけてた。………気がする。
精根尽き果てて寝入っちまったもんで、断言はできねェ。そんで今に至る。
すん、と鼻をすすると、コック自慢の嗅覚が、空気の中に薄く残る朝の匂いを嗅いだ。
でも、室内の明るさからいってお天道さんはすっかり空高く昇っている。
ヒゲも伸びるってもんだ。

(………煙草吸いてェな……)

隣でぐーすか熟睡してるムサイ男の、ごつい腕が、腹にぐるりと巻きついてるせいで動けやしねェ。
ごそごそっと身じろぎしてみても、目を覚ます様子もない。
諦めて体の力を抜いてベッドに沈むと、巻きつく腕がそろりと動いた。
無骨な手指が、まるで柔らかい豆腐でも触るみてェにそおっと、裸の脇腹を撫でる。起きたかと見ればそうじゃないらしかった、目は閉じたまま。
かさついた指先が時折肌にひっかかりながら、腹周りを辿る。
触れるか触れないかの接触は、こそばゆい。
感覚的にも、精神的にも。
うへへ、と変な笑いが漏れた。身体をよじる。
こそばゆさが淫靡な感覚に変わらないように、あくまでくすぐったいだけだ、と思いこむことにして。

(――うお!?)

その時、イタズラな腕が突然、大きく動いた。
肩がやや乱暴に引っ張られ、顔が奴の胸元にぶつかる。
巻きつく腕にぎゅうと押し潰されて、鼻がひしゃげそうだ。

(こーの筋肉バカ。苦しいってんだよ)

胸中で悪態をつく。だがそれとは逆に、唇が勝手に緩んでしまうのが口惜しい。
鏡を覗いたら、締まりなくニヤケた顔が映るこったろう。
あーあ。
男に巻きつかれて、ぶっとい腕の粗暴な力にキュンときてるなんて(キュンとか擬音にするとほんっとサムイな……)、おれァつくづくイカレちまったぜ!

―――だ、け、ど! 

声を大にして言わせてもらいてェ。
イカレてるのはおれだけじゃねェんだぜ?
いやあ海って不思議だよな、航海っていろんなことがあるんだなァ。

あいつが。あのロロノア・ゾロが。
「イーストブルーの魔獣」なんて物騒な呼び名を持つ野郎が。
コイビトなんてものを傍に置くとは思わなかった。
それも相手は男。つーかオレ!

情の薄い男じゃないことは判ってたつもりだったから、想像したことがなかっただけかもしれねェけど、それでも意外だった。
まだ遠いけど確かに見えている目標を、一心に見据えている剣士には、誰か一人に惚れこんで情を通わせるなんてのは、取るに足りない寄り道みてェなもんかと思っていた。
けどコイツは、一かけらの迷いも見せずに「惚れた」とおれに突進してきたし、今でも好意をむき出しに突進してくる。傍迷惑、TPO次第ではおれにも迷惑、なほどに。
こんな男だとは思わなかった。
こんなに相手に心寄せてくる男だとも、情人と決めた相手をこんなに丁寧に扱うのだということも、知らなかった。

丈夫さには折り紙付きな男の体を、羽根ペンの羽根で触れるみてェにそっと触れてくる。かと思えば、潰す気かと文句を言いたくなるほどきつく抱きすくめてくる。
上背は同じくらいで、体格もそう変わらないと思いたいところだが、腕や肩、腰回りのつくりはおれとはちっとばかし違っていて、でかい獣みてェな風情を漂わせている。
普段の態度は紳士とは程遠いし、誰の目にもわかりやすい優しさは伺えない。

だけど、たぶん、
優しい。

粗雑な振舞いの合間に垣間見えるそれは、不器用で時に判りにくくて、だけどストレートで。
不意打ちを食らうと、被弾したこっちは易々とノックアウトされてしまう。
照れくさくって、頭を抱えたくなるくれェ。

(あァそのへんはこいつ、ジジイに似てるのかもしんねェな)

魔法のように料理を生み出すガキの頃から眺め続けたあの手と、剣をふるうほかに取り柄のねェセクハラし放題のこの手は、もちろん違うけど。

(ジジイっつったら)

ふと、思い出す。
以前、このバカがおれの好みを教えろとしつこく聞いてきたことがあったな。
「どんな男が好みなんだ?」だっけ。
アホすぎてしばらくアタマ働かなかった質問。

(…………好み、ねェ……)

あの時コイツにした返事は嘘じゃない。
うっかりジジイの名を出しちまったが、惚れる相手としてジジイが好みってこたァ断じてない。
男の容姿なんかに好みもクソもあるか! ってのも本心だ。
好み……好みねェ。
好みはわかんねェけど、お前がこうしてくれたらいーなーって希望なら、あれやこれやあるこたァあるぞ?
風呂はせめて二日に一度は入ってくれとか、空きっ腹に酒を飲むなおれに声をかけろつまみを作るからとか。
疲れてる夜は抱き枕になってくれたらなーとか、無茶するなとは言えねェけど一人で抱えようとするのは止めろクソバカ、とか。

―――なんだかんだ考えてたら、目が冴えてきてしまった。

二人で宿にしけこむのは随分とご無沙汰だった。
シャボンディ諸島でバーソロミュー・くまにバラバラに飛ばされたおれ達は、2年を経て合流した。
その間はもちろん、合流後もドタバタが続いていて、島に普通に滞在する機会もついぞなかったからだ。

ヤるのなんてどこだって一緒だろ、って奴もいるかもしれないが、違うもんだと思う。
船であーいう行為に耽るのは、それなりに気がひける。
コイツとの関係は、できれば(せめて女性陣には)知られずにいたかったが、願い叶わずすでに一味中に知られてしまってるし、皆に見えない聞こえない場所でならまァいいかって思ってはいるんだが、引け目めいたものがどうにもしこりのように残ったままなのは何故だろな? 
海賊だろうと恥や外聞をちっとは気にするべきだ、ってのと、あとあるとしたら、こういうのはあの船には余計なモノ、だと感じてるんかもしれねェ。

今こそおれとコイツはこんな関係だけど、ずっと続くとは限んねェ。
おれに惚れてる、と。真っ正直なコイツはしゃあしゃあと言う。
おれも、コイツに魅かれてるって本心を否定するのはだいぶ前に諦めた。
だけど、おれとコイツが付き合おうが別れようが、船は進むし。
おれ達が仲間なのは変わらねェ。
この先おれ達がコイビトじゃなくなる日が来ても。
仲間という繋がりは残る。
そのまたいつか、麦わらの一味が解散するような日が来たとして。皆がバラバラになって、コイツとも会うこともなくなっても。
それはそれでいい。
あんな筋肉ダルマとねんごろになって、バカみたいだけど退屈しなくて、滑稽だったけどけっこう幸せだったかも、と振り返れるならいい。

そう、思っている。


ぐるりと巻きついた腕を目を細めて眺めると、ささやかに生えている体毛に目がいった。
こいつ意外と体毛薄いんだよなぁ……脛毛も少ないし、顔のヒゲも一晩放置しただけじゃ伸びてない。
いかにも男男した風貌してるからモサモサ生えてそうなのに、意外な事実。
んー、けどそれでも、ぱっと見だけで比べれば、おれとコイツだったらコイツの方が男らしい容姿ってことになるんかねェ。

ま、だから何だって話だがな。
おれはマリモマンじゃねェ、ジェントルマンなんだ。 
それに男の価値はハートが決め手なんだぜ!
悔しくなんかねェぞ!?



「……もう起きるのか?」










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