未来予報・2







静かな問いかけが発せられて、
「いんや。まだ寝てろよ」
異様にびっくりして、そっけない返事になった。
今日は食料の買い出しに行きたいが、急ぐことはない。おれだってまだ眠い。
「眠れねェのか」
「そういうわけじゃねェよ」
マリモがくいと顎をあげて視線を合わせてくる。
急に覚醒すんじゃねェよ。
驚異的な寝覚めの良さだ。
眠気のかけらも残っていない静かな眸には、おれの口を開かせる不思議な力があった。

「お前さー、コレになんかコメントないの?」

伸びたヒゲを擦りながら、口をついたのはそんな質問。
「バラバラになった2年の間にヒゲ濃くしてさ、よりダンディになったと自分じゃ思ってるんだけど。どうよ?」
「キスすっとき擦れてくすぐってェな」
「そんだけかよ。他になんかないのか、雰囲気が変わって驚いたーとかさ」
「驚くっつー話なら、大抵のものはマユゲのインパクトの前には惨敗だろ」
「………、とにかく、長らくのご無沙汰の後会ったおれになんか感想はねェのか。男っぽくなったとか大人っぽくなったとか、カッコよくなったとかさー」
深い褐色の眸が瞬く、眉が少し顰められて、鼻ですうと息をする。
ものを考えている時の顔だ。
やがて、おもむろに唇が動いた。

「めんこくなった」
「は」

めんたいこ?

「めんこい、だ。めんたいこじゃねェ」
今おれ、口に出てましたかね? あれ心読まれた? 
「それか、プリティ、とかか」
マリモの発する言語として死ぬほど似合わない語句を続けて聞いたような気がする。
「てめェ……そんな麗しいレディのためにある言葉をおれ様に向かって使うたァ、レディにもおれに対しても冒涜だぞ」
険をこめて投げつけた視線は、しれっとした顔にぶつかって霧散する。
木登りでもするようにおれにしがみついてるむさい男は、冗談という口調でもなく続けた。
「別に女みたいだっつってんじゃねェ。思いついたのを言ったまでだ」
「バカ野郎、ヤローが2歳歳とって、めんこいだのプリティだのになってたまるか!」
「歳は関係ねェ」
言いさして、おれの首の下にぐっと腕を押しこむ。
固くて寝心地のよくない枕の出来上がりだ。頭を預けると、重みで筋肉が沈む。
その弾力のある感触に気を取られていると、
「諸島で飛ばされる前も、十年経とうが二十年経とうが、ジジイになろうが。てめェはめんこい」
ぐっと近くなった声が、歯切れよくきっぱりと。言い切りやがった。
「…………それなにお前の希望?」
「強いて言えば、予報、か」

予報って。
ナミさんの天候予報なら全幅の信頼を寄せられるが、アホマリモが予報って。

「予報ってことは、何か根拠があんのか?」
「ねェ」
「……てめェ……おちょくってんのか?」
怒るべきか呆れるべきか。
判断しかねて、反論するにもいまいち力が入らねェ。加えて、腕枕していない方の手がおれの後ろ頭をまるく包むように撫でてくる。
その触れ方の優しさに、罵倒の勢いがすぼんでくのが悔しい。
「予報だからな。当たりか外れかはいずれ判る」
口をニカ、と開けて、笑う。
「もしも外れたら文句はその時に言え。まァ外れねェけどな」
ガキみてェなあっけらかんとした笑顔と、髪の毛を撫ぜる指先のあやすような動きがアンバランスで。つい口を噤んで撫ぜられるのに任せてしまう。

(―――ん?)

と、いうか。
根拠もないくせに自信満々なバカの予報とやらの当たり外れに文句を言うためには、十年経とうが二十年経とうが、ジジイになろうが、おれら一緒にいないといけねェんだけど。
その頃、おれ達はどうしてるんだろうな。
いつまでおれ達はこうしてるんだろうな?
コイツの今の口振りじゃ、当たり外れが判る時まで当然のように一緒にいるみてェだったけど。
コイツの頭の中じゃそういうことになってんのかね。それも予報の一部なのか?

十年経とうが二十年経とうが、ジジイになるまで、手の届くところに居るっていう「予報」?


「……んじゃ、外れたらヘボ予報士って大笑いしてやるよ」
「じゃあ当たったら褒美をよこせ」
「褒美? 何が欲しいんだ」
「任せる。時間はたっぷりあるんだ。何か考えろ」
「おれが考えんのかよ。んー、まァいいや、考えとく」
苦笑して頷くと、ゾロは眼差しを細めて、おれの髪をくしゃりと軽くかき混ぜた。
そのまま頭を抱えられて、奴の胸元に顔を埋める、自然と目が閉じる。欲の匂いのしない抱擁だった。裸の胸に額を押し付けて息を吸うと、うすく汗の匂いがした。

カーテンを閉めた部屋の中からは見えないけど、外ではもう太陽が完全な丸い姿を地上に現したろうか。
せっかくの上陸だ。今日は外に行こう。
カップルみたいに手ェ繋いで町中デートとかしてみっか?
想像しただけで身の毛のよだつ光景だけど、たまには悪くない気がした。



今はまだ遠い、想像も追いつかない遠い未来。
けどどんなに遠くても、その日はいずれやってくる。
その頃には、コイツの予報の当たり外れなんかどうでもよくなってるかもしれないけど。

予報が外れて渋いオジサマになったおれが、ゾロを大笑いする日が来るならいい。
どうしてかめんこいジイ様になってしまって、歯ぎしりしながら褒美をせしめられるのでもいい。

どっちでも―――まァ、かまわねェ。

そんな日が来るのも、悪くない。












Fin.







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ゾロサンにあかるい未来があらんことを!!









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