お前好みのオトコになりたい ・ 1











瞼をかたくなに閉ざしているが、寝つけない。
正確には、せっかく寝入っていたのに近くで騒ぐ奴らのせいで目が覚め、そいつらがわいわいと興じている話に耳を傾けてしまっている。
内容はくだらない与太話なので気にせず寝ればよかったのだが、そうしているうちに訊き流せない話が耳に入ってきた。
「それにしてもサンジ、すっかりデュバル達に懐かれたよなー。あれだけお前を恨んでたのに、すっかり子分みたいになって。別れる時とかすっげぇ名残惜しそうだったろ?」
「あんな子分なんか要らねェよ。野郎共にまとわりつかれても虫唾が走るんだよ! あーどうせならあいつらの仲間に麗しいレディもいればなー。『サンジさん、なんて素敵な方……どうかお力にならせてください』とかだったらテンションもあがるのによー」
「あのメンツの中にそんな女の子がいたら、その子が気の毒だろ」
「そうだけどよー…、そっかウソップ、お前イーストブルーに彼女がいるんだよな、いーなー……。んー、そう考えるとおれってあんまり女性運に恵まれてないのかな……? なんでだろ、この胸はこんなに女性への愛に満ち溢れているというのに……!」
「え、いやカヤは別に彼女ってわけじゃねぇよ…!? ……つーかサンジ、お前よぉ……」
ちらりとこちらを窺う視線を肌に感じる、わずかな焦りをにじませるウソップに、あの間抜けなコックは気づいているのかいないのか。
「ヨホホ、ウソップさんには故郷にそんなお相手が。どんな方なんですか?」 
くだを巻くコックの代わりに、ブルックが応える。
「いやカヤは友達だって。……まぁそうだな、清楚なお嬢様って感じだな」
「それはそれは。若いっていいですねぇ、ヨホホホホ! そういえば、サンジさんはどんなタイプがお好きなんですか? 可愛らしいタイプかクールな美人か、妖艶なお姉さんか、などなど」
「そんなのみんなイイに決まってるだろ。いいかブルック、女性はみんな素敵で綺麗で可愛らしいんだ!」
「その主張にはひとまず異議は唱えませんが、そうだとしても、その中で特に好みなどは無いんですか?」
コックは「んー……」と長く唸ると、観念したように「選べねえな」と言った、その口調には苦悩がにじんでいた。いっそ悲痛なほどの響きに、つくづくこいつアホだなと思う。とっくに知ってる事実だが。
「でもよぉ、みんな好きで選べないんじゃ、恋人つくるにも困るんじゃねえの? だって選べないんだろ」
ウソップの言が耳に入って、自ずと目が開く。
「しまった」という表情になったウソップの横顔がそこにあった。

「……えーと、おれそろそろ……あーそうだナミに用事頼まれてたんだった!」
視線に気づいたらしい、一瞬合ったか合わないかの目を即座に逸らし、口元を引きつらせて、ウソップは脱兎のごとくその場から消えた。

「あ、ゾロさん。おはようございます」
目を開けてしまったので仕方なく伸びをしてみせると、ブルックが話しかけてきた。
「ブルック、そいつにおはようとか言わねーでいいぞ。朝飯食ったらすぐ寝くさりやがって、もう昼過ぎだっての」
当てこするようなコックの言い草を、船に乗った当初は気にする様子を見せていたブルックも、最近は慣れたらしくスルーだ。調子よくヨホホと笑って、話を続ける。
「そうだ、せっかくですしゾロさんにもお聞きしましょう。ゾロさんの好みのタイプってどんな人ですか?」
「あ?」
「ですから、恋人にするならどんな人がいいですか?」
「どんな」
繰り言しながら無意識に眼球が動く。
すぐに捉えることができたのは、呑気に進む船と同じく呑気な風の流れにふわりと遊ぶ、細い金髪の幾筋かだけ。他は背の高いブルックに隠れてほとんど見えない。
「ブルック、そこどけ」
「えぇと、どちらに」
「向かって右だ。……よし、じゃあ後ろ向け。そこに」
「だあああぁあああっ!!」
喉を潰しそうな絶叫が会話を裂いた。
「うるせーぞ」
言うと、目端を吊り上げ頬をわずかに赤くしたコックが、胡乱な目を向けている。
「ブルック、そろそろおやつにすっからキッチン行こうぜ。レモンティのレモン抜きを用意すっから」
「それただの紅茶ですね、ヨホホ! アイスでお願いします」
「はいよ」
ブルックの背中を急かすように手で押しながら、手入れされた黒スーツに包まれた背中が遠ざかっていく。
おい、と投げた声は、一瞥されただけで背を向けられてしまった。











おやつだと呼ばれる前にキッチンに顔を出すと、ナミがテーブルに広げた紙やらペンやらを片付けながら「あら珍しいわね」と顔を上げた。
「サンジ君、もう皆を呼ぶ? ごめんね場所借りちゃって。すぐ片付けるから」
「いいよナミさん、急がなくて〜。こいつらちっと待たせるくらいなんともないって。マリモはなんだ? 喉か? ――ホレ」
冷蔵庫をぱっと開けて渡されたグラスには、気泡が立ち上る薄いグリーンの液体が注がれている。それはコックが調合しているおれ用の飲料だ。知っているので特に聞くこともなくごくごくと一気に飲み干すと、ナミがふっと小さく鼻を鳴らした。
「どうかした? ナミさん」
「ん、なんでも? サンジ君私、オレンジティーがいいな」
「はーい。用意してあるよー!」
コックに注文しながら、明るい色の瞳がどこか悪そうに楽しそうに瞬いている。
ナミの奴また良からぬことを考えてるんじゃねえだろうな。まったく気の抜けねェ女だ。

「おいコック」
未だナミにあれこれ話しかけてる奴の肩を力任せに引くと、おれの存在を忘れていたとでも言うつもりかびっくりまなこで口を間抜けに開けてやがる、色素が薄いのか紅よりはピンクに近いそこの色味をおれはなかなか気にいっている。
「てめェ、どんな男が好みなんだ?」
「…………ハ?」
「女はどんな女でもステキ、とかなんとか、さっき言ってたろ。じゃあ男ならどうなんだ、どんな野郎がいいんだ」
コックは何故かうろたえたように、おれとナミを交互に見やる。
「な、おれは、……てめ、男、なんか………どんな、だって! 知ったこっちゃねえよ!!」
声がひっくり返ってるぞ。そうツッコむ前に奴の踵が腹にめりこんだ。
「ってェな、なんで蹴んだてめェ!」
「てめェがバカなこと言ってっからだろうが。野郎に好みもクソもあるか!」
「なら男も誰でもいいのか」
「誰でもいいんじゃねェ、どうでもいいんだよ! 野郎なんて」
「んなワケねェだろ」
日頃男に対して一律に興味ナシな態度のコックではあるが、本当にその通りに野郎が全員同じ、へのへのもへじ状態にしか見えてないなら、おれとこんな関係になってるはずもない。必ず何かこいつなりのこだわりがあるはずだ。
肩をいからせたコックをじっと見据えると、意を察したのか、荒ぶった空気が迷いつつもしぼんでいく。
「うー………あー……と」
ポケットに手をつっこんで、居心地悪そうに体を揺する。
目線が彷徨い、ナミに行きつくと慌てて方向転換してこっちに戻って来る。咥え煙草を大きく吸いこんで、吐いて、呼吸を整えたように見えた。次に続いた言葉は落ち着いた声色になっていた。
「えーと……なんだっけ、質問はどんな男がいいのか、だっけ? それ、答えが必要か? そんなん聞いたところで益もねェだろ」
「ある。考えるのに要る」
「……今、ものすごく意外な単語を聞いたような……。考えるって、お前が? なにを」
「おれがてめェの好みの男になれるかどうか」

無音。
静まったキッチンに、外で騒いでいるチョッパーとウソップ、ルフィの声が入り乱れて届く。
コックはなぜかぴくりとも動かない。
まさか寝てるワケもねえだろうが、あまりに静止しているので目の前で手を振ってやろうかと腕を持ち上げた、ところに、呆れたような嫌そうな物言いが飛んできた。
「………ゾロ。あんた、アタマ壊れた……?」
「壊れてねェよ」
いつもながら失礼な奴だ。
素っ気なく応えると、ナミは「そう」と肩を竦め、まだ静止状態の奴の腕を引っ張った。
「サンジ君」
魔女に触れられて呪縛が解けたらしい。ハッとコックが何か言いかけたのを、ニッコリ笑ったナミが先んじた。
「ゾロは壊れてないらしいわよ、サンジ君。しょうがないから相手してやったら?」
「え、あの、ナミさん」
「でも長くなるならおやつの後にしてね?」
「えー………、…………ハイ」
ペンや丸めた紙の束を抱え、軽やかな足取りでナミは踵を返した。
追いすがるようにナミへと手を伸ばしたままのコックとおれを残して。






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