お前好みのオトコになりたい ・ 2









「で、どうなんだ」
奴の手が諦めたように体の横に戻る。項垂れた背に再度の質問を投げてやる。
すると、軽そうな頭をつつむこれも軽そうなふわふわした金糸の下で、蒼い眸が揺れた。
「……お前それ聞いて、おれの好みが分かったらどうするつもりなんだ? まさか、おれの好みのオトコになろうっての」
腕を組んで、頷きを返す。
「できねェことはできねェが、できることはできるだろ」
コックはのろのろと口を開きかけ、やおら閉じた。考えこむそぶりで、む、と唇を結ぶ。
「…………んー……、別にいいや」
長考の末、あろうことか奴はそうのたまった。長考中、難しく眉を寄せたり笑いそうになったり困惑顔になったりと百面相していたので、さぞ考え抜いた好みが提示されるだろうと期待したのに、なんてこった。
「お前はそのまんま希少生物、筋肉マリモでいてくれ」
「茶化すな」
「茶化してねーよ」
「いいからてめェの好みを言え」
手首を掴んで引き寄せようとすると、足に力を入れて抵抗する、磨かれた黒靴が床から離れない。
困ったように目尻を下げて、ぶらぶらと腕を振る。
「ホントに男の好みとか言われても困るんだよ、そんなの考えたこともねェし。………ぱっと思いついたのはジジイくらいだけど…」
「あのレストランのオーナーか」
「言っとくが、ジジイに惚れてたとかじゃ断じてねェぞ!! ……なんつーの? 敬意っつーかガキの時分の憧れつーか、うまく言えねェけど」
慌てた風情で加えられる説明を聞きながら、思い出す。
海上レストラン、バラティエのオーナー――名はゼフと言ったか。一から十まで聞いたわけじゃないが、こいつの養い親みたいな存在だということは知っている。
(――そういやこいつ、妙に年上の男に弱いところがある気がすんな)
本人は無意識なのかもしれないが。例えば一味の中ではブルックと話す時、態度こそ普段のチンピラまがいを崩していないが、控えめに寄りかかるような、気を抜いた穏やかな空気を、仄かにまとわせることがある――気がする。
それはあの骨が、生きた年月から得た含蓄めいたものを滲ませた時だったかもしれない。

やっぱこいつ、ジジコンの気があるのか。

とはいえ、おれとこいつは同い年で。いきなりおれだけ歳をとるのは現実的に無理だ。とすると。
(あのおっさん、どんな奴だったか)
あの時は次から次に厄介事に巻きこまれたせいか、正直あんまり記憶が鮮明じゃない。それでも頭を絞ると、風貌が思い出された。

……あァ確かヒゲを二つに編んでたな。剣を振るのに邪魔じゃなければおれも伸ばしてみるか? ……それと、あとは……あァそうか、足が……

「おいおいおいてめェ何言ってやがる!!」
いきなり胸倉を掴まれた。キツい眼光に睨み上げられて、首を傾げる。
「……ん、今おれ何か言ったか」
「はァ? ヒゲがーとか、……足が、とか! 言っただろ」
「あ? 口に出てたか」
「思いっきりな! なんだよ無意識かよ」
見開かれた目の中で、2つの瞳が苛烈な光を発している、そこに浮かんでいるのは、憤慨、そして焦り、だろうか。読みとるように見つめると、それをシャットアウトするようにコックは数回せわしなく瞬きした。
「……足、切るとかふざけたこと、冗談でも考えんなよ、言うな!」
「考えてねェ。ヒゲを伸ばしてみるかとは考えたが。あのおっさん片足だったなと思い出しただけだ」
言うと、コックの目元にふっと影が落ちた。短い息が薄い唇から漏れる。
「驚かせんなよ」
「切るわけねェだろ、アホか」
「てめェにゃ前科があるからな。足切ろうとしたことあったろうが」
「……? あァ、前にロウで固められちまった時か」
アラバスタに向かう途中の島、リトルガーデンで、おれ達は不覚にもロウ人形にされそうになった。なんとか切り抜けた後、傷の処置をしている間こいつは近くの壁にもたれて、処置が終わるまでそこを離れようとしなかったのを思い出す。険しい目つきでおれの手元を食い入るように見つめ、何も言わないが顔にはありありと「心底呆れた」と書いてあった、なのに、やけに心もとない表情に映ったことを憶えている。
「あん時は緊急事態だったからだ」
「だとしても思い切り良すぎんだよ。もっと他の手を考えてからにしやがれ。ま、マリモに脳ミソを使えって無理な話かもしれねェがな」
罵倒は苦々しい響きを帯びていた。新しい煙草に火をつけて、一息吸いこむ。

「―――で、ヒゲ伸ばすのはいいんだよな」
節くれだった長い指に挟まれた煙草を一時眺めてから、話を戻すと、
「いやもうほんとお前…………カンベンシテクダサイ」
決して華奢ではないが、すらりとしたラインの上にのった肩をがくりと落とし、疲れたようにテーブルに突っ伏す。
「頼むから余計なこと考えないでくれー……」
「余計じゃねェ。ヒゲ伸ばすくらいなんてことねェし、かまわねェだろ」
「………一万歩譲って好きにすりゃいいが。似合わなかったらとっとと剃れよな」
「………」
「なんで無言だコラァ!」
目端を吊り上げてぎゃあぎゃあと喚く顔の前に手をかざして制する。
「おれは見てくれなんかに興味ねェ。似合おうが似合わなかろうが、てめェがああいうヒゲが好きならそれでいい」
「だーかーらー、おれはヒゲマニアでも三つ編みマニアでもねーの!!」
「なら何マニアだ?」
「話を最初に戻すんじゃねーよ、終わらないだろうが! 大体な……ッ!」
一気にまくしたてられそうだった言葉尻が、不自然に途切れた。
「なんだ?」
先を促すと、コックはバツが悪そうに黙りこんだ。
やがて、振り切ったように顔をあげる、まっすぐ挑むような視線が投げつけられる。
「大体、そのまんまマリモでいいってのは……そのまんまのてめェの見てくれも嫌いじゃねェってことかもしんねーじゃねーか少しは頭使えよ! お前は自分の見てくれに興味ねーかもしんねーけどおれは少しくらいは興味あるんだよそりゃ目つき悪くて人相は凶悪だし固くてデカイ筋肉ダルマだし男くさいしむさくるしいことこの上ねーけどでも!」
銃を連射するみてーな勢いで喋り倒したかと思うと、奴はぷいと顔を背け、ついでに体ごと横を向いた。
「そういうてめェの見てくれだって……ちったぁおれ好み、かもしんねーだろ」

だからてめェはそのまんまでいいっつってんだよ!

「……結局好みなのか違うのかどっちなんだ?」
かもしんねー、じゃわからねェ。
「うるせー! ヒゲでもなんでものばしやがれ! だが似合わなかったらこの船の野郎の中じゃ一番の美的センスの持ち主であるこのおれが切り落としてやる!」
両手の指がおれの左右の頬をむぎゅうとつねって、それから顎にかけてするりと撫で下ろす。
「お前がそうしたいならそれでいい」
しっとりとした肌触りが肌に馴染む。水仕事のせいかひんやりとした手指。
そうだな、この手に好きにさせるのも悪くない。
そうすりゃあ、おれの見てくれは自然とこの男の好みの風体に近づくことだろう。
うむ、と1人頷いていると、深い溜息が間隙に吐き出された。
「……お前って、ホントにおれのこと好きな?」
「当たり前だろ」
即答すると、コックは笑おうとして失敗したような変な顔になり、ぽりぽりと頭をかいてみせた。

「……うん。まァ、てめェのそういう一直線なところは……好み、だな」

時々、困りもするけどよ。
そう付け足して、今度こそコックは破顔した。
太陽の欠片がキラキラと辺りで弾けるような、おれの心臓ど真ん中を狙い撃つ笑顔だった。








fin



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私の中ではこんな感じの二人が基本です。
バカで一途で誤魔化さない二人が好き。

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