愛をちょうだい









「おれ考えたんだけどー」

うららかな昼下がり。
コックの間延びした声が、脈絡もなくいきなり耳を打った。

「おれらさー、ヤルの、止めね?」
「却下」

提案を頭が理解する前に、口が勝手に応答していた。
言い切ってから一呼吸をはさんで、おもむろに聞き返す。
「……一応確認するが、ヤルってのは」
「そりゃもちろん、ナニをアレするソレだよ」
「よしわかった」
「おう、わかってくれたか」
「却下だ、ってことがわかった」
一刀両断すると、目の前で不満そうに瞳がまたたく、いや、その目をしたいのはまったくもってこっちの方だ。
「これも確認するが、てめェ、おれと別れたいとか言うつもりか」
「へ? なんでそうなる」
………だから何でと聞きたいのはこっち以下略。
ってな反論は口からは出ずに頭の中を勢いよく飛んで、疲れたように地に落ちる。
それをいいことに、頭の動きとともに軽く流れる金髪の間で目をゆるくたわませて、コックは鷹揚に笑ってみせた。
「おれとお前の仲だから言ってんだよ。クソダーリン」
「は? ってどこ行く待ちやがれ!」
これっぽっちも分からん。コックはおれの制止を当然のごとくスルーして、咄嗟に伸ばした手もするりと軽い身のこなしで抜け、ドアの向こうに消えた。
すぐに追おうと部屋を出たところで、後ろ頭に激痛が走った。
後ろから突撃してきたルフィの膝が直撃したらしい、と認識した時には、「サンジー! もう夕方だぞ、おやつおやつー!」というルフィの大声が聞こえてきた。次いで「まだ昼ちょい過ぎだろ。そこ座って少し待ってろ」と奴の声。
こうなると、キッチンで話の続きを、というわけにはいかない。
舌打ちして、床にドスンと座り込んだ。


なんだってんだ。
あいつの頭の中が突飛だったり弾けてたりするのにはそろそろ慣れもしているが、許容できることとできないことがある。
ヤらないなどというのは、当然後者だ。
おれとの関係を仕舞ぇにするつもりでもなく、あんなやわらかくてぬくい声で「ダーリン」などと呼んでおいて(その前に「クソ」とついていようと)、おれと寝るのはナシたぁどういう了見だ!?
ちょっとだけ考えてみて、すぐに止めた。

本人に聞いた方がずっと早えェ。











夜。
宵っ張りのクルーが寝静まるまで待てずに、コックを甲板に引っ張り出した。
お疲れらしく、眠そうに目を擦りながら大人しく手を引かれている姿には緊張感の欠片もない。人気のない物陰に引っ張り込まれて押し倒されるとは考えないのかこいつは。
「オイ」
「んー?」
「昼間の話だが、おれァ承服してねえぞ。つーかぜってェしねえからな」
両腕を掴む腕に力がこもる。
引き寄せて、ゆるく身体を囲っても、拒絶はされなかった。
鼻腔を金の糸がふわりとくすぐって、反射的に腕が拘束を強める、苦笑する気配が腕の中から伝わってきた。
「そか……。でもおれ、決めたんだ」
「だから何でそうなった。……あー……何か不満でもあんのか? だったら」
「んや」
お前とすんの好きだぜ? 
すげーテクニシャンて訳でもないけどな、キモチイイし。なんでだろ? ってまーそりゃ言いたくないけどやっぱ相手がお前だからかなー?

人を嬉しがらせるような台詞と聞き捨てならない言葉が半々で聞こえた気がするが、横に置いておくことにする。
白い首筋を揺すって腕を緩めろと伝えてくるので、渋々拘束を弱めると、金ピカ頭が顎をくいと上げた。目と鼻の先に唇を差し出される。吸いつくように、それを奪った。
笑んだ唇は拒まなかった。

手が背中に回されたのに気を良くして、腰を抱きこんで奥まで探る。息継ぎで僅かに唇が離れると、コックが濡れた唇をぐっと押し付けてくる。開いた隙間を不満がるように、息を吸い込むヒマも惜しいとでもいうように、荒い息を隠そうともせず。
「………ん、ッ……」
はぁ。
吐き出される熱い息、じかに口内の熱が混ざりあう感覚。背中の服を握りしめるようにしがみつかれて、ぐわっと炎が背から首を這い上がり、脳天まで炙る。
開かれた襟から手を入れ撫でると、あえかな声をあげてコックは喉を震わせた。
「………ぁ……ゾ、ロ」
力の抜けかけた身体を抱えて、床に座り込もうと膝を曲げた、時。

「ここまでだ」

俊足の一蹴りが、あらぬ所を直撃した。












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