愛をちょうだい ・ 2








「〜〜〜〜〜ッ!! 何……し、やがるてめェ…!!」
「これ以上はナシって言ったろ?」
「だからそれは何なんだっつってんだよ!!」

たった今まで欲を刷いて動いていた手が、コックの開いた胸元を締め上げる。色めいた空気はあっけなくケンカのそれに取って代わられた。
「うるせェよ。皆に聞こえたらどーすんだ」
しー、と口に指をあてる、その仕草がまるで幼い子供のようで、そこはかとなく可愛い……なんて耽ってる場合ではない。
続けて奴が口にした言葉は、子供とは程遠いものだった。
「禁欲だ禁欲。いいかゾロ。これはお前のためなんだ」
「きんよく?」
きんよく、きんよく………咄嗟に意味が思いつかない。
「きんよくっておめェ、まさか欲を禁ずるって意味のか?」
「そーそー」
こっくり頷く。
「今朝の新聞に『身体をつくる』ってタイトルのコラムが載ってたんだ。おれも料理人のはしくれ、お前らの身体を作る手伝いをしてる人間だからさ、役に立つ情報が無いかと読んでみたワケよ。そしたら良い情報があったんだ」
嬉しそうに口角を上げて、奴は機嫌良く続ける。
「聞いて驚け? なんと、エロい行為を我慢すると、その分のエネルギーが脳や神経のスタミナや力になるんだってさ。昔っから、ある海域では修行に禁欲は付き物なんだと。それ見ておれァ、これだ! と思ったね」
―――嫌な予感がしてきた。
「ほら、お前も常に修行してるじゃん? だからさー、禁欲したらもっとその成果が上がるんじゃないかと思ってさ。てめェみてえなマリモを気遣う、あぁおれってなんてできたオトコ!」

ってことで、おれ様の愛を受け取れ! 

言って、コックは二カッと目を細めて笑う。
「いらん」
そんな愛は願い下げだ。
「なんだと? てめェ、おれ様の愛が要らないとはどういうこった?!」
「愛なら他の形で寄こせ」
胸の前で腕を組んで、透明な青い目を覗きこみ、できるだけ重々しく告げる。納得いかない、という表情が目の前にある。
「お前、いつも修行してるだろ? それは強くなるためじゃねェか」
「おれがしてんのは鍛錬だ」
「似たようなもんだろ」
そうかもしれんが。

世界一の剣豪になるため鍛錬をしている。
それは当然過ぎて、いまさら確認することでもない。

しかし、何故か今、それを肯定するのはよろしくないような気がした。
黙してしまえば結局肯定したことになってしまうのだが。
無言のおれに、向かい合って座りこんだコックは勿体ぶって指を立てた。
「だから、な? てめェの目的を果たすために協力してやろうってんだ。良いだろ?」
「却下だっつってんだろ」
憐れむような目をすんなクソコック。
ぐずる子供を諭すような風情を漂わせてるんじゃねェ。
溜息に近い息を吐いて顔を前に戻すと、くだらないことを言ってるくせに真剣味漂う表情がそこにはあった。
「おれは強くならなくちゃならねェ。だがそれと、てめェとヤるのとは別の話だろうが。てめェを抱くのを諦めねェとおれは世界一の剣豪になれねェってのか? 舐めんなよ。おれはてめェを抱く。そんで世界一の剣豪にもなる」
「……でも、ヤんなかったら少しでも修行の効率が良くなるんだぜ? それも良いとか思わねェ? ちょこっとも思わねェ?」
「思わねェ」

ぱちぱちと瞼を上下させて覗きこんでくる目の奥に、見えるものは何だ?

「……せっかくのおれ様の愛を無下にしやがって」
「しつけェ」
つんと唇を尖らせたアヒル口。
理解できないと言いたげで拗ねてもいるようで、なのに嬉しそうにも見えて。大きな溜息が出そうになる。

――――コイツはホントに、まったく。

ぐい、と少々乱暴に肩を引き寄せて、足の間に座らせる。夜闇に沈んだ船でも、軽く風になびく髪は周囲の闇からわずかに浮き出て光っている。唇をそこに埋めた。
「欲しい。愛ってヤツをよこせ」
そのまま喋ると、息が地肌に触れるのがくすぐったいのか肩を震わせるのが手のひら越しに伝わる。首にかかる吐息が微笑っている。
「こーのワガマママリモ」
「どっちがだ、このぐるぐる。それにワガママはてめェだ」
「おれのどこがワガママだって?」
「そうだろ。てめェの少ない脳みそじゃ理解できねえだけだ」
「カッチーン! んじゃ脳みそ取り出して秤に乗っけてみようじゃねーか。おれは自信を持ってお前にだけは勝ってると言えるぜ!」
「あァ? 似たようなモンだろ、たぶん」

――――そう、たぶん似たようなモン、なんだろうが。

喚く身体を両腕でしっかり抱く。見上げてくる目は怒りながらも笑みを含んでいて、こっちもニヤリと笑ってみせた。
目尻にキスをする、咄嗟に閉じられた青い眸が再び開くと、不思議そうな表情に変わった。
「………なんでお前そんな満面の笑み……上機嫌なの」
クソキモチワルイんだけど、と首を傾げる失礼な男の金髪に指を差し入れる。
「クソコック」
手を持ち上げて離すと、金糸が控えめなキラキラを闇に散らす。

「てめェ今、嬉しい、だろ?」

コックは一瞬固まり、つうっと目を泳がせ、やがて沈黙をぶち破るように大きな笑い声をたてて、破顔した。
「〜〜ははは! そうかも! そうかもな、ちょっと!! ほんのちっとな!!」
バンバンとおれの背を両手で叩くコックはやけっぱちにも見えるが、両の耳朶がぱあっと真っ赤に染まっていくのがこの男の正直なところだろう。
食べ頃に熟れた耳朶にぱくり食いつくと、ひゃあと小さな悲鳴があがった。
両の手で頬を撫でさすり、耳を掠め、首から肩のラインを辿る。確かめるように背中から腰へと滑らせると、鼻から抜けるようなあまい声が漏れた。
「………ふ、…ッ」
軽く唇に吸いついて、甘い肉を食む。
「………足りねェ……もっとよこせ」
「…………ゾロ」
今までけたけたと騒がしく笑っていたコックが、聞こえるか聞こえないかくらいかすかにおれの名を呼ぶ。
半開きのその唇を、がっつくように性急に塞いだ。


――――コレ、は。
いつからか、触りたくなって欲しくなって。触って手に入れた、モノだ。
意外といえば意外だった、まさか自分が、この足癖も口癖も悪い、手は器用で作る飯は旨くて女と見ればかしずくアホ男を欲しくなるなんて、初めて会った頃にはもちろん想像もしてなかったが。
理由も訳も分からないまま、それでも確かに自ら望んで伸ばした手を、一度握り返されてしまえば。
今さら、触らずにいられるワケも手離せるワケもねぇ。
なのに。

――――アホコック。なんでてめェはそうアホなんだ!?

灰色のモヤモヤが瞼を覆う心地がして思わず目を開けたら、うすく開いた碧眼がやたら綺麗に蕩けているのを至近距離に見つけて、すべてが白く霞んだ。
「コック」
「……ん………?」
「もっと、って言え」
「………んで」
「サンジ」
「――…ッ、………も、っと?」
ハテナはいらねェ。
だが。
もっと、って響きはイイな、うん。
欲を言えば強請って言わせるより、コイツが自分から言うのを聴きてェ。
ごそごそと服の中に手をしのばせると、慌てた口ぶりが異議を唱えた。
「おい、ここでかよ!?」
「誰も来やしねェよ」
「来るわ!」
「見張りからは死角になってるから大丈夫だ。それにこの時間は皆熟睡してる。それでも嫌なら格納庫に担いで行く」
なるだけ穏やかに諭せば、諦めたのかコックの体から力が抜ける。
「……じゃ、格納庫」
「おう」
「てか自分で歩くって」
無視してよっこいせとおれよりは細身の身体を肩に担いだ、格納庫まで待てず首筋や脚を撫でながら歩いたが、文句も足蹴りも飛んで来なかった。
丁寧に撫でさすり、指で辿ると、息を詰めて小さく震える身体。

(お前のイイところはもう知ってる)
(てめェが満足するまで存分にヨくしてやる)

だから、もっと。
もっと、って言え。

もっと、おれが欲しい、と。

そう言いやがれ、このアホコック!








Fin.





○○○○○○○○○○○○○○○○○

ベクトルが微妙にずれている、かもだけど
どっちもおんなじくらい互いが好き。




inserted by FC2 system