たのしい悲劇は喜劇です







ホールケーキアイランドでのあらましを誰からどういうふうに聞いたのか、レディに好意を寄せられたのははじめてかと水を向けてきた膨れっ面に、するっと口をついたのはただの事実だった、「いいや」。
あっさりそう答えたおれに、目の前の隻眼はすっと陽の陰った森の中みたいな色合いになった、こいつも正直だ。
「チッ、面白くねェ」 ほの暗い眸はそう語っていて、俺はといやァ、それをなんて心が狭い男だと一蹴するこたァできなかった。なんつーかそういうのって、想い想われの相手に抱く感情としては正当なもの、かもなーって、まァそんなふうに思っちまったりしてしまったからだ。だってコイツが話す故郷の幼馴染のレディの事を思えば、俺の中にも似たような感情が頭の隅っこにちょんと居座って、ちっぽけなそれはどけよと言っても頑としてどかないワケで、いや困ったね。
だがしかし! 固い石みてえなそれをここで投げ合うのはバカのやるこった。だっておれらってラブラブじゃん? と言い切れば、言葉のセレクトを間違えたようななんか酸っぱい気分になっちまうけどそれはともかく。おれら、まごうことなきコイビト同士。ちょーっと面白くねーかなーってくれェで、せっかくの逢引空間をケンカまみれにするのは勿体ねェ、って思わねえ?
な?
流し目でそう言ってやると、マリモも頭ではわかってるんだろう、ぱちぱちと瞬きをして差した影を散らそうとする。目に優しい緑色の髪の毛を撫でてやると、口元の力が抜けひとみの森に陽が差しこんだ。よしよし。
「お前はレディに言い寄られたことあんのか?」 訊いてから、聞くんじゃなかったとすぐさま後悔。
「あるっちゃある」 なんて即答されりゃあ、胸にひやりと風が吹きこんで、思わず身震い。
「へェ…………そりゃあ、さぞ魅力的なレディだったんだろなァ?」
口が勝手にへの字に曲がってく、石は投げねえって決めたのに。ちょーっと、面白くねェ……けど! 髪の毛引っ張ってやりてェ、けど! 我慢だ忍耐だ!
マリモはおれが脳内でわめいてるのなんか全然気づいてないのか、頭を撫でられながら心地良さそうに息を吐く。「さァな」「さあなって、美人さんだったとか可憐な花みたいだったとか、なんかあんだろ。憶えてねェのか?」「顔は憶えちゃいるが、見てくれのこたァよくわからん」 素っ気ない声が言う。
「てめェが美人だってのならまァわかるが」「……ハ?」 「聞こえなかったか、美人っつー話だ」「や、聞こえてっけど…………………」 理解できねェだけで。そう言うと、アタマの悪い子を憐れむような目が注がれる。やめろ、それはおれがするべき目だ。 「………どこが?」「あァ? 全体が、だろ」 自信満々に同意を求める相手を、ぜったいに間違ってるぞ!
「……へー…………?」 どっと気が抜けちまって、おれは反論を諦めた。
青々とした髪に差し入れた指に自然と力が入っちまうから、強く引っ張っちまわないよーに注意しつつ手櫛を通す。おとなしく頭を触られて目を細める男は、借りてきた猫みてーだ。さてはお前、「イーストブルーの魔獣」ってのは人間でも強そーな獣でもなくて、昼行燈の猫だったんだな? そうだよそうだ、猫は視力が人間よりずっと悪ィらしいし、お前猫だったんだな。
だってもしお前が人間なんだったら。
気の毒なくれェ目が悪いか、審美眼や趣味に問題アリ。ってことになっちまうじゃねェか。男を、しかも男の中の漢のこのおれを評して、美人だとかさ。ふつー言わねェよ誰も言わねェよ!
………とほほ。
溜息が出る。ほっぺたが熱い……ぜってェおれ、顔赤くなってる。
美人て言われて喜んでる、なんて認めたく、ねェけど。
現実は非情だ。悲劇だ。
コイツは子猫じゃなくでっかい獣で、いちおー人間で、大いに趣味が悪い剣豪サマで。
そんな奴の妄言に顔を赤くしてるおれは、絶望的に趣味が悪いコックさん。 そんな、現実。


(…………って、ひょっとして喜劇かこれ!?)











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「男に美人とは言わないだろう」っていうのはサンジの中での常識として書きました。
英の意見としては、サンジを美人と評する人は他にもいるんじゃないかなーと思う^^


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